2004年12月度遊自在塾資料   人生放談       東京第8回クルーズ

便利な世の中、悠遊自在塾の皆さん

 

昨年の今頃、中国のSさんとの連絡は「フアックスか、電話」のやりとりでした。

ところが、Sさんから「メ−ル送りたいのですが・・・」と、言ってきました。私は、素直に「あの−まだパソコン持っておりません。・・・これから買って、あの−準備して勉強して・・・あの−メ−ル・・します・・」が、きっかけでパソコンを始めました。

  なんせ、大連大学に、ご夫婦で勤務していると聞いていましたので、一瞬、恥ずかしい、思いに駆られました。

机に向かう習慣のない自分だったので、頭の中に「え−パソコン、やんなネ−の!」。

今までは「これお願いします、又頼むね」の世界で生きてきました。

「心の片隅に」は、<人を生かしてるっ>て思いもあったことも事実なのです。

しかし、今、私は、とても、Sさんに、    感謝    感謝    であります。

今こうして塾生の皆さんともメ−ルも出来るし、「Kさんからみたら次元の格差がありますが」なのですが、何より、これから、議会に必要で、あらゆる、デ−タ− を、取り入れるのに、私みたいな事務能力の苦手ものには、毎日・・・必要な・・ので・・

あります。

  5日、東京での、リ−ヴスさんの、御公演、大成功に終わること出来、本当におめでとうございました。私の小さな田舎で大きな音楽・・いつか夢みております、実現できることを・・・

私のところも、当日、町の公民館で7回目の、歳末助け合いに、大勢の方が見えられ、

108700円の義援金を送ることができました。

 

お話変わります。

3日前の、NHKのテレビ番組で、中国残留の大地の子の放送がありました。

私は、涙が止まるどころか,嗚咽して、見ておりました、長春市の「中日友好楼」という、日本人の建てた,アパ−トがり、その中に、養父母が住んで居られて、6人−8人 位の80歳以上の方で、戦前59年前、日本人の幼い子供を拾い上げ、自分達の生活が、苦しいのにも、かかわらず、自分の子供として、「周りの人に、いじめられないように、かばって、育てた事、、、、」。

何よりも、82歳の養母は、59年前、結婚して、妊娠5ヶ月の時、日本人の兵隊にお腹を蹴られ、それが元で、流産してしまったのです。

しかし、日本人が、ソ連に攻められ、幼い子供を、和服の帯の中にくるんで、やむなく、我が子を、道路の片隅に、・・・そうした・・・   母親の心境も・・・ですが、とにもかくにも、小さな幼い子供が捨てられて居るのを見て、「子供に罪はない」といって、当時、23歳で養父母になったと言う、お話しなのです。

しかも、そうした、 身の危険にありながら、せっかく、育てた、その子供も、11年前、日本の、両親の確認の無い、まま、日本に来れば何とかなると、日本に帰化してしまったのです。

しかし、その帰化された方は、仕事が無く、生活保護を受け、やっと生活している状況です。

その中で、中国においてきた、養父母が、すっかり、年老いて、歩くことも出来なくなり、「早く帰って来てくれ」と、電話で泣きながら、自分の行く末を案じて、日本に居る、娘さんに説得しているのです。

60歳を過ぎた娘さんも又、養父母を案じ、借金をして、中国にいる 養父母に会いに行く。そして、看護しながら、その娘さんの、言葉に、「宇宙で一番尊いのは、お母さん」と言って感謝されているその、光景を見て、・・・・思わず又、声をだして、泣いて・・・

しまいました。

今こうして、パソコンをしながらも、私の涙が、パソコンの上に、落ちてしまいました。

今の世の中に、こんな、素晴らしい、人間、親子、が居るのだろうか!?

作り話のドラマを見たかのような、錯覚さえおこしました。

現代の日本人の、命の軽さ、人間の薄さ、人間のつながりの薄さに、浄化された思いであります。

別の人ですが、自分の主人が日本人に、撃たれ、殺された、 にもかかわらず、子供に罪はないと言って、自分の子として育てたという人も紹介されました。

・・・とても・・・とても・・・その、寛容さ、今の自分に出来るだろうか・・・

人を許す・あの人のせい、この人のせい、にしてしまう、ふっと思うです。

自分にない世界を知らされ、いや自分にまだ汚い心がありだから、琴線にふれたことに・・・・

止めどなく、涙が・・・・なのかも・・・しれません。じゃ今、自分に出来ること、・・・課題に、16日、 悠遊自在塾に塾長さんはじめ、熟生のみなさんと、一緒に、迷惑をかけたいと思います。

  今日は、このメ−ルに3時間もかったのですが、全員のかたにメ−ルと思って居たのでありますが・・・

・・・その、クリックが見あたりませんのです、取りあえず、塾長さんに・・・

長々と有り難う、御座いました。

 

合掌   2004.12.07.       A・T

 



2004年度12月資料    人生放談      東京第8回クルーズ
鴨宮塾長交換メール


毎日サンデーの専務になって!

  信愛なる皆様へ

毎日サンデーの専務になって一年が経ちました。

思い起こせば去年の今日、アンコールにこたえて最後の司祭(導師)を務めました。

宗教者としての「お仕事」の最後でした。

 

一年前の今日(12月1日)は、一求道者として第三の人生をスタートした日です。

気持ちの面では、昨日までの生き方と異なっているとは思いませんでした。

宇宙の真理を求めての毎日であったからです。

 

しかし、私の意識には、雲泥の差があるようです。

それは、何なのか?  何故なのか? ・・・

肩書きや立場や組織から解き放された『自由』の環境・条件のお陰なのです。

誰かのために真理を探求するのではない、自分のために探求するのです。

すべてが新鮮で魅力に満ちた一年であったと感謝しています。

 

変わったことは、娘夫婦と孫達に囲まれて、それぞれの誕生祝いや結婚記念日などに旅行したり、食事に行ったり、家族対抗ボウリング大会をしたり・・・

今までは、したくても出来ない事でした。

と言うよりも「その気が起きなかった」・「起こさなかった」と言うべきでしょう。

ある意味では、猛烈社員だったのでしょうね。

 

晴れて、宇宙の真理の<求道者>として「知道者・開道者・説道者」を目指して精進です。

 

最近になって、学生時代から問題意識を持っていた「著書」や「人物」に再会しています。

青春時代に立ち戻った心境です。

その一人が、<内村鑑三>なのです。彼の「無教会主義」に関心が蘇ったのです。

 

 内村鑑三は次のように言っています。

  

 「無教会主義とは、教会は有ってはならぬということではない。

  有るも可なり無きも可なりということである。

  神の生命たるキリスト教が制度でありオルガニゼイション(組織体)であるべきはずがない。

  生命は時には形態を取って現れ、時には形態なくして生命そのものとして存在する。

  生命はヘブライ語で言うルーアクである。風である。息である。

  『風はおのがままに吹く。なんじ、その声を聞けども、いずこより来たり、いずこへ行くを知らず。

  すべて霊によりて生まるる者はかくのごとし』(ヨハネ伝三・八)とあるそれである。

  この風の吹く所に神の生命がある。そして神に形態のないように、「霊によりて生まるる者」すなわちキリスト信者に形態がない。信者は教会員ではない。

  彼は神の風に吹かれて霊によりて生まれたる者である。

  彼が無形たるや言うまでもない。」(信・18・88)

 

 「生命は形態を取りて現わるるものであるから、

  神の霊が時に教会の形態を取りて現わるるは少しも不思議ではない。

  われわれはかかる形態を貴び、時におのが身をこれにゆだねるも、決して悪い事でない。」(同)

 

 「しかしながら(しん)(けい)とが同視せらるる時に弊害は百出する。

  そして形が神を圧する時に、神は生きんがために形にそむき、これと離れ、これを捨てざるを得ない。

  無教会主義はかかる場合に起こる主義である。」(同)

 

 「そして余の知る範囲において、組合教会、バプティスト教会、その他すべて自由と生命とを新たに世に注ぎ込みし教会は、熱烈なる無教会主義をもって始まったものである。

  生ける信仰が硬化する時に教会に化するのである。

  教会は信仰の化石である。

  信者が最も恐るることは、彼の信仰が教会化せん事である。」(同89) 

 

私の読んでいる本は、山本泰次郎著「内村鑑三 信仰・生涯・友情」(東海大学出版会)です。

『内村鑑三全集』は、つぎの三全集からなっています。

「聖書注解全集・信仰著作全集・日記書簡全集」です。

この三全集の文は、すべて現代表記に書き換えられています。

 

ですから、Kさんへ・・・<驚愕>することはありませんよ。

上記の文章で十分理解できるでしょ!

 

内村鑑三が唱えた無教会主義とは、『教会』はいらないというものではありません。

同信者の集まりである、サンガは必要です。

彼の伝道方法は、無理やりに人に教えを説いてキリスト教に引き込もうとはしないのです。

人の霊魂と信仰の自由とを、自他共に尊び重んじたのです。

それゆえ他人を自分の宗教に引き込もうとする改宗勧誘は、恐ろしい罪であると信じていたようです。

 

 「信仰自由は人の有する最も貴重な権利である。

  ・・・<中略>・・・

  宗教勧誘は詐欺窃盗にまさるの罪である。」(信・5・123)

 

 「余輩の見るところをもってすれば、宗教家という宗教家はたいていはこの種の罪人である。

  彼らは、人をおのれの宗教に引き入れる事は悪い事であるということを知らないのみならず、かえってこの事を善き事であると思うている。

  彼らの信ずる神や仏の最も喜びたもう事であると思うている。」(同・123)

 

人の魂を救って、人を信者となしうるものは神ご自身のみであって、人にそのような権威も能力も絶対にない、ゆえに人が、人を救うがごときは、不謙遜の甚だしいものである、否、冒涜であるとしています。

彼自身が救われたのは、聖書の神のご自身のみ言葉によってです。

神に直接に救われたのであることと、教会や教義や信条によって救われたのではないのです。

生けるキリストご自身によって救われたのです。

それ以外には自分の救いは絶対にないことを、固く信じていたのです。

 

内村鑑三の伝道観は、救いは神のみ業であると確く信じて、他人の信仰を侵したり、

他人を信者に作り上げようとすることを罪悪視したのです。

彼は、キリストの愛を聖書に基づいて熱烈に伝道したのです。

教会会員作りの伝道ではなくて・・・

真理の発揚・・・神の栄光が揚がり、キリストの聖名が崇められ、人が永遠の生命の喜びに入るという真理中の真理の発揚のために、伝道するというのです。

 

これが内村鑑三の『無教会主義』の精神であると読み取らせて頂きました。

 

長々と書いてしまいました。

KさんやS・Kさんが内村鑑三に関心を示してくださったお蔭様です。

 

また、Wさんのメールには『驚き桃の木山椒の木』です。

いつ、何処で習得されたのですか?

メールでの人生放談(法座)に参加したいという一念の力でしょうかね。

それこそ、乾杯! 完敗! ですね!!!

 

メールの技術だけでなく、一人びとりに対する優しい思いやりのコメントや

最後の文章に感動しました。

 

「横須賀は今が、錦織り成す風情です、その景色を見ながら、

    一年を少し振り返っている私がいました。・・・ 感謝 

                         K・W 拝 」

 

来年のことについては、またの機会に譲りましょう。

今日は、昼から一年前を思い出しながらパソコンに向かいました。

冬とは思えない小春日和の一日でしたが、夕焼け空にお月様がぼんやりと顔を出しました。

会津の空は、どうなのでしょうね。・・・

 

信愛なる皆さまからのお便りを楽しみにしています。 合掌

 

    2004.12.01.   鴨宮 弘幸  拝